ABS

ついこの間まで、僕はABS否定派でした。普通の路面では使うことがないし、荒れた路面では却って邪魔にさえ感じていました。そう、あの日までは。

2003年5月上旬、僕は自宅をはるか遠く離れた鹿児島県南部にいました。佐多岬を回って、九州の西海岸線を北上すべく道を探していた僕は1台のバイクを追い抜きました。GSX1400、僕にとっては大きくて重いだけの直線バイクです。何気なく横をすり抜けました。
やがて道を間違えたらしく、どんどん海岸線から離れていきます。いつのまにか細い山道になっていました。ふと気が付くと、先ほどのGSX君が後ろにいました。こちらが少しペースを上げると、やはり同じようについて来ます。先ほどの抜き方が彼の癇にさわったのでしょうか。しかしそこで道を譲る僕ではありません。丁度いい、RSでタイトコーナーを攻める練習にもなる。そのままのペースでコーナー1つ分くらいの差を保ちながら彼に先行したまま走り続けました。そして数キロ先で事件は起きました。
バックミラーでGSX君を確認。彼の姿はもう見えない。コーナー2つ分くらいは引き離したようだ。その先の左コーナーに進入した向こうから、なんとダンプカーが! やばい! 後ろに気を取られて確認が遅れた! ええい、ままよ!
力いっぱいブレーキをかけると、RSはABSを効かせながら何事もなく減速して路肩に滑り込み、何事もなくダンプカーとすれ違いました。僕もダンプも止まることなく、本当に「あれ?」と思うほどあっけない数秒間でした。
数百メートル先で県道っぽい道に出た僕は、地図を出して道を探していました。その数十秒後に先ほどのGSX君が出て来て、反対方向に去って行きました。はて、それほど引き離していたとは思えないのだが...? 考えるに、ダンプとのすれ違いに苦労したんじゃあないでしょうか。
それにしても、直前までにGSXの彼を引き離しておいてよかった。あのまま真後ろにつかれていたら、ダンプが出てきたときに追突されていたかもしれません。なにしろ知らない道、路面状況もろくに見ていないあの場面をブレーキのベタ握り・ベタ踏みだけで何の問題もなくクリアするなんて、他のバイクでは考えられません。ABSが効いたということは、これまで乗っていたYZFなら間違いなく「手動ABS」を発動させなければならない状況だったわけです。これまでの経験からして何とかなったとは思いますが、冷や汗モノだったはずです。

ブレーキの絶対的制動力だけに着目すれば、RSより遥かに高性能なものは世の中にあふれ返っています。しかし、予測が遅れてしまった危険への対応能力、いわゆるパニック状態での制動能力においては、BMW自慢のABSに勝るブレーキシステムは今のところ存在しないのではないかと思いました。
普通のバイクならブレーキと足回りの不安が先立って脳天気な走り方ができないから、却って安全なのかも知れません。もっとも、安全性と引き換えに走行ペースが犠牲になりますけどね。

注意点をいくつか。
もしBMWに乗っていながらABS未経験の方は、必ず1度は体験しておくことです。安全な場所、比較的低速で前後とも思い切り効かせて、車輪がロックしないことを体に覚えさせておく。試す前にABSエラーが出ていないことを確認するのは勿論です。
次にABSが効いてしまった場合ですが、ブレーキ操作をやめてしまわないこと。ABSが効くと、ブレーキが一瞬解除されると同時にブレーキレバー・ペダルが一瞬押し戻される感覚があります。びっくりして思わず手を離してしまう人が多いそうですが、この一瞬はブレーキが効いていないので非常に危険です。慣れた人だと自分でレバーを離して握り直すことを無意識にやってしまうかもしれませんが、人間が1回そうする間にABSはその何倍もの速度で繰り返し動作していますので却って邪魔になります。
最後はABSが付いてない普通のバイクに乗り換えた時です。「これは普通のバイクで、思い切り握るとロックする」ことを頭の中で反芻した上で運転してください。また「手動ABS」が出来ていた人は、本格的に走る前に復習されることをお勧めします。

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