雨の日に思うこと(3)

レースしてるわけじゃないのさ
ゆっくり行こう ゆっくり行こう

今にも泣き出しそうな空を見上げながら、僕は自転車で川沿いの道を走っていた。その時、ふとこんなフレーズが浮かんできた。明日は選挙だとかで、候補者様の宣伝カーがやかましくがなりたてている。よろしくお願いします、頑張っています...彼らが何を頑張っているのかが僕には伝わらない。故に僕は彼らを支持しない。どこかの国では今、無政府状態で大変なことになっているとメディアがこぞって報じている。結構なことじゃないか。略奪。暴動。そのうち落ち着くさ。

土手の上の道から川面を見ながら走っていくと、そのうち雨が降り出した。最初は霧雨だったのだが、ものの数分で本降りになっていた。僕は自転車のバッグから小さなサイクリング用の帽子を取り出して被った。本当に小さな帽子なのだが、長年使われてきたデザインだけあって、視界の邪魔もせず雨が直接目に当たりもせずの絶妙な機能性。やがて国道にかかる大きな橋に出た。川沿いの道から右に曲がって橋を渡り、国道沿いの歩道を行く。雨はますます強く降り続く。ある程度の防水性があるはずのバイク用ジャンバーを羽織っていたのだが、縫い目の隙間から水が染み込んでくるのがわかる。途中に神社が見えた。雨宿りするのもいいが、天気予報では「今日は夕方まで雨」だったので当分止む見込みは無い。それより、久し振りに濡れながら走っていたかった。

レースしてるわけじゃないのさ
ゆっくり行こう ゆっくり行こう

さっき浮かんだフレーズを頭の中で反芻する。誰かの歌だったのだろうか。いつ、どこで耳にしたのだろうか。思い出せない。でも何となく気に入った。

自転車はいい。誰にも追い立てられず、誰にも追いつかず、自分ひとりだけのペースで力と気力の続く限り進めばいい。休みたければいつでもどこでも休めばいい。バイクで高速道路を走っているときのように、次のパーキングまで何キロ、駐車場にバイク用スペースがあるかないか、後ろにパトカーは、なんてことを気にする必要は一切無い。
ここ一週間ほど風邪気味だったのと黒猫を手放すことが重なってバイク通勤をしていたのだけれど、バイクはやっぱり疲れる。遅い車が前をふさいでいると煽り立てて追い抜きたくなるし、煽られれば急ブレーキを踏んで脅かしたくなる。喧嘩? 上等だ。できれば向こうから先に手を出して欲しいな、いくらか搾り取れるかもしれないから。怪我でもしたら仕事を休めるかな。もしかすると嫌でも別の仕事をしなきゃならないかも。それはそれで新しい刺激になっていいかも。そんなとりとめもないネガティブな思考が果てしなく続いてゆく。

やっぱり自転車はいい。本当はバイクで誰にも邪魔されずにどこまでも行ければいいのだけれど、狭い日本では土台無理な話じゃないか。時々思う。便利なものを皆が使えば便利でも何でもなくなってしまう、と。バイクも車も、電車もバスもインターネットも、誰も彼もが一斉に利用するから混み合って身動きが取れなくなる。

やがて僕の部屋の方面に向かう県道の交差点に出た。ここからは5キロ程だろうか。雨は全く止む気配を見せないが、それほど強くもならない。もう少し走り続けていたかったが、あまり濡れて風邪がぶり返すのもマズイので帰ることにした。
細かな水滴を全身に浴びながら思った。明日になればきっと昨日までと同じように苛ついているに違いない。でもせめて今だけは、気分を落ち着けて一人静かに走り続けよう。柄にもなくそんなことを考えながらペダルを踏み続けていた。
2003/4/12