BMW購入顛末記(1)

魔物に出会ってしまった。
魔物に魅入られてしまった。

【接触編】

ある日、僕は数十キロ離れた場所にある、とあるバイク専門店を訪れた。たしかあの辺りにあったはずだから、とりあえず場所だけでも見ておこうという、極々軽い気持ちだった。
高速道路のインターチェンジから程近いその店まで、少し迷いながらもなんとか辿り付き、隣にあるコンビニの駐車場にバイクを止めて缶コーヒーを飲みながら眺めていた。綺麗な店内には、そのメーカーのラインナップのほとんどの車種が並べられていた。間近で見たくてたまらなくなった僕は、その店に駐車場があるのに気付いてバイクを移動させ、開店直後の店に入った。これが全ての間違いの始まりだった。
高速道路の駐車場や雑誌の写真、そしてWebでは散々みたことのあるはずの超高級バイクを目の当たりにして、僕はさすがに興奮した。店員と話がはずみ、ちょっと見るだけのつもりが跨ったり見積もりを出してもらったりして都合2時間半にもなっていた。アクセサリーカタログを貰い、こちらの連絡先まで教えて店を出たのはもう昼過ぎだった。

そのバイクメーカーとは、BMW。
言わずとしれた、ドイツの高級車メーカーである。

BMWの二輪ラインナップは大きく3種類に分けられる。空油冷水平対向2気筒エンジンを搭載するRシリーズと、水冷直列縦置き4気筒エンジンを搭載するKシリーズ、そしてロータックス製単気筒エンジンを搭載するFシリーズである。Fシリーズは僕の眼中にないので除外するとして、RとK、その両者に共通するのは非常に重いこと。スポーツツアラーであるK1200RSは、スポーツバイクといいながら装備重量は290kgにもなる。日本車の常識では考えられないヘビーマシンである。ところが実際にスタンドを外して自分の腕で支えると、信じられないくらい軽い。いや、重いことは重いのだが、重心が足元あたりにあるかのように感じる。ハンドルを持つ感覚を表現すると、重い鉄の玉に一本の棒が突き刺さっていて、それをグリグリと回しているような感覚とでもいおうか。サイドスタンドで傾けてある状態からの引き起こしも、予想外に軽い。センタースタンドを立てるのも、まるで拍子抜けするほど軽い。実際に押し歩きで移動すればおそらくこんなものじゃあないだろうとは思うが、それでも圧倒されはしなかった。
もう一台のヘビー級、R1100RTも同じようにセンタースタンドを上げ下げしてみたが、こちらも腕の力だけで何とかなってしまった。本当は、「あー、やっぱり重いねー。アタシにゃあ無理だねー、あっはっはっ」という感じで諦めようと思っていたのだが、完全に狂わされてしまった。
重いということは大きいことでもある。ライディングポジションが調整できる車種があるのは知っていたが、あの車格では大した助けにもならないだろうと思っていた。ところがいざ腕を前に伸ばすと、ハンドル位置がピッタリ決まったのでまた驚いた。RTモデルはむしろハンドル位置が近すぎて違和感を感じたが、RSモデルはKシリーズもRシリーズも、見た目ほどの遠さを感じなかった。特にR1100RSに跨った時に感じた股間のフィット感は抜群で、これまでのバイクに僕がいかに無理して乗っていたのかを思い知らされてしまった。実はK1200RSとR1100RTの2種類がお目当てだったのだが、R1100RSというラインが急速に不気味な現実味を帯びてきた。

見積もりを出してもらった瞬間に、歓喜の世界から一気に現実へ引き戻されるのはバイクを買うときにいつも味わう感覚だが、BMWのバイクはどれも車両本体価格は200万円前後、乗り出し価格は220から250万にもなるので落差も一入である。
中古でも、現在所有しているヤマハYZF600Rの倍近くするのだ。それでも中古車の程度は抜群で、特に外装の退色が少ないことには感動すら覚える。10年落ち、走行距離数万キロとはとても思えない認定中古車たちを眺めながら、「中古で十分だよな」と考えてしまう。特に新車で220万円近くもするK1200RSが130万円台というのを目の当たりにしてしまうと、多少無理してでも手に入れたくなる。僕が好きな初期型で、ハンドル位置も少しだけ楽になるようなオプションがついている。色が真っ赤というのが少しポイントを下げているけど、それは大した問題じゃない。いや、走行距離が4万キロオーバーというのが少しも問題に感じられないのがBMWのBMWたる所以だろう。

数万キロ走ってようやく慣らしが終わる、と云われるBMW製バイクのエンジンだが、1200、1300ccが当たり前になってしまった今の国産車のエンジンと比べると、RにせよKにせよ、1600cc以上あるんじゃないか?と思わせるほどの大きさがある。クラッチは四輪車と同じ乾式単板だし、クランクケースもミッションケースも何が入っているのか不思議に思えるほど大きい。しかしこれも耐久性を確保するためだと思えば納得できる。思えば昔の日本製大排気量車も、CBにしろZ2にしろエンジンは大きかった。今の小型軽量高出力のエンジン、それはそれで結構だが、果たして5年後に同じような調子を保っていられるだろうか? 例えば減速比が1:2という組合せで、歯数が10×20と20×40の2種類のギアがあるとする。どちらが丈夫で長持ちするだろうか? クラッチ板の直径、10cmと20cmではどちらが長持ちしそうだろうか? 直感的に、大きな方が丈夫そうだと思うはずである。
現に我がYZF君も、出力・燃費こそ4年前の新車時と大差ないが、ミッションはもう限界に来ている(それゆえに、昨年2台目を入手するという暴挙に出たのである)。もっとも、僕のように一度に数百キロ、年にして数万キロも走るような乗り方をする人はあまりいないということなので、いかにBMWといえど僕に乗られて5年10年もベストコンディションを保てるかどうかは疑問符が付く。しかし本場ヨーロッパではアウトバーンを走り続けて20万キロ以上という個体も珍しくないというから、その耐久性には期待してもよさそうである。

トヨタ国方面に帰る途中、ふと、何を思ったか瀬戸市内を抜けて国道363号線の山の中へ向かっていた。空いたワインディングを飛ばし、お気に入りの「道の駅」でかけそばを一杯頂いて、今度は設楽方面に向かう国道を飛ばした。実は前日に伊豆まで往復していて、その疲れのせいか背中にかなり痛みがあったのだが、飛ばしだすと痛みを忘れられることに気が付いた。いいぞ、YZF。これこそがお前のステージだ。しばらくBMWのことを忘れて、走ることだけに専念する。
途中、春の日差しの下でやけにBMWとすれ違うような気がした。彼らはどれも古い型のボクサーエンジンで、大きなフルカウルを纏ってノンビリと走っていた。それでこちらも真似してノンビリ走ろうとすると、腕の力と気を抜いた途端に背中の痛みが蘇る。それでまたペースを上げる。そのうち遅い車の列に追いつき、その列がまた前の遅い車の列に追いつく繰り返しでどんどん列が伸び、追い越しのタイミングがつかめなくなる。追い討ちをかけるように道路工事の片側通行区間の信号機が現れる。
ついに遅いペースに耐えかねて国道から逃れ、過去に通った記憶のない山道へ進路をとった。落ち葉の積もったカーブ、アスファルトの剥がれたダートのような急な上り坂を恐る恐るクリアしながら、心はまたBMWに向かう。果たしてK1200RSでこんな道を走れるだろうか? RTでは? ボクサーのRSなら何とかなりそうだけど本当はGSがいいなぁ、足は付かないけど...というようなことを考えてながら、どこへ続いているのか知らない荒れた道を、まるで手探りで歩くようにして進んでいた。
単純にYZFの代役を考えれば、RシリーズのRSモデルになる。これらは装備重量250kg程度で、YZFの30kg増しとはいえBMWのツアラーにしては軽い部類になる。そこそこスポーツ性はあるし、RTほどではないが積載量も十分にある。こんな山道を走る気にさせてくれそうな雰囲気も感じさせてくれる。しかしK1200RSの最高速度250km/hに達そうかという超高速性能は絶対的な憧れとして長い間僕の心にくすぶっていたし、数ヶ月前に伊豆で見かけたRTの超スローペースな横着運転ぶりにもイカれてしまっている。土地と金さえあれば3台とも所有するのが正解なんだろう。しかし現実は厳しい。ただ、試乗は可能なので、これまでのようにわずかな紙面とネット情報だけでバイクを選ぶような冒険はしなくて済みそうだ。

いつのまにか、旧国道153号線の伊勢神峠に出ていた。真っ暗な旧道のトンネルをくぐり、九十九折の下り坂を少しばかり走ったところで新道のトンネル入り口に出た。足助町内はいつも渋滞するので県道に迂回し、早々とトヨタ国内に戻って来れた。
市内中心部を迂回する環状ルートのバイパスで、やけに飛ばしているマジェスティーに出会った。運転していた若いお兄ちゃんは、ステップに足を投げ出してあお向けに近い格好で時速100キロ近い猛スピードで駆け抜けていた。たかが250ccのスクーターだがマフラーチューンしていたみたいで意外に速い。信号待ちでは何も考えずにアクセル全開にするものだから、こちらの方が置いていかれるほどだ。ああいうバイクライフもいいかな、と思える脳天気さが微笑ましかった。
帰り道、本屋に立ち寄ってBMW関係雑誌の特集号を2冊買った。次に出かける時の試乗車を絞り込むためだが、これまた2冊で6千円もした。まったく、BMWってのは何から何まで高いんだべな、と心で愚痴をこぼしながら、この日は帰途についたのであった。

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