BMW購入顛末記(5)

魔物に出会ってしまった。
魔物に魅入られてしまった。

【試乗、そして...】

とある日曜日、僕は件の店に出かけた。R1150RSの試乗が目的だったが、僕の心はもうすでに中古のR1100RSに固まっていた。だから試乗はパスしてもよかったのだが、せっかくタダで乗せてくれるのなら乗ってみよう。もし転倒を喫するようなら、それは僕にBMWを操る資格がないと思って諦める理由になる。

誓約書を書き、ひととおり搭乗前の説明を聞き、操作を練習してみる。
まずはキーを回してメインスイッチをONにする。するとABSのチェックランプがチカチカと点滅し、数秒後にその間隔がチカッ...チカッ...という感じで若干長くなる。点滅が早い間にABSのセルフチェックが行われるので、キーを回して数秒はブレーキをかけないように、とのこと。もしブレーキを握ったままメインスイッチを入れると、ABSが効かなくなるのだそうだ。
試乗車にはEVOブレーキという前後連動ブレーキが装着されている。単に前後連動なのではなく、人間からのブレーキ入力をモーターでアシストする機構が備わっている。メインスイッチがONになっている限り、ブレーキレバーの引きは恐ろしく軽く、引き代も短い。しかしOFFにした時の落差が非常に大きい。実際に押し歩いてみたのだが、かなり握りこまなければブレーキが効いてくれないのである。回りにぶつけたり側溝に落ちたりしないように、十分注意が必要だと思った。
このEVOブレーキは前後連動ABSといいながら、手で操作するレバーの入力は前後両方に、足で踏むペダルの入力はリアのみに作用するようになっており、通常のバイクから乗り換えても違和感が少ないように設計されているそうである。なお、R1150RTは完全に前後連動なのだそうだ。
方向指示器のスイッチはBMW独特で、右側用は右ハンドルに、左側用は左ハンドルに、もう一つキャンセルスイッチは右ハンドルにそれぞれ分けて装着されている。しかも左側のスイッチのすぐ上がホーンになっており、慣れないうちはよく誤って鳴らしてしまうとのこと。

サイドスタンドを出して跨り、エンジンをかけてスタンドを払う。シフトペダルを踏み込んで1速に入れる。ところがまったく踏み応えがない。本当に入っているのか抜けているのか。不安を感じつつも心持ちエンジン回転数を上げてクラッチミートすると、RSはブルブルと振えながらも前に進みだした。すぐ前の大通りに出る前に一旦停止し、左右を確認して左折する。なんだ、普通のバイクじゃないか。これが第一印象だった。別段クセも感じない。足つきも全く問題なし。慣れればシートをもう一段上げた方がいいかもしれないと思った。
車の流れに乗って数百メートル先の交差点で信号待ち。信号が青に変わって左折。やはり普通に曲がれる。クラッチ操作にも気を使う必要なし。とても初めて乗ったバイクとは思えない「普通さ」である。そういえば、初めての発進でエンストしなかったバイクはコイツが初めてだったかもしれない。
加速途中で前方対向車線に右折車を発見、ちょっと急ブレーキをかけた。ここでもRSは何事もなく減速した。そういえば効きは悪くなかったなと、再び加速を始めた頃に改めて思い返すほどYZF君から乗り換えた違和感がない。YZF君の住友電工製一体構造のフロントブレーキも、発売当時は一級品の実力と称された優れもので、僕も実際に今まで数々の場面で命を救われている。その高性能ブレーキに勝るとも劣らない。そういえば、RSのキャリパー本体はあのBrembo製だったっけ。ならば効いて当然か。
左右に住宅地と公園が並ぶ通りをゆったりと駆け抜け、その端にあるT字路で信号待ち。ブレーキをかけっぱなしにしている間中、EVOブレーキのサーボモーターがウィー...と鳴りっ放しになるのが非常に気になる。たとえば5秒間そのままだったらOFFにするとかできないのだろうか、と思った。幸い平地だったので、信号待ちの間はブレーキから手足を離してしまったが、これが坂道発進だと相当鬱陶しいと思った。
信号が青に変わり、また左折。片側2車線のちょっとした上り坂で、左車線のバス停にバスが止まっている。前後を確認し、右ハンドルにある方向指示器を初めて操作し、アクセルを少しだけ多めに捻った。ブルル、という細かい振動とともに加速が始まり、速度計はあっという間に80km/h付近まで到達した。6速ミッションのまだ4速しか入れてないのだが、回転数は3000rpmそこそこだろうか。とにかく全然回っていないのだ。さすがにYZF君ほどのロケット加速ではないが、実用上は何ら問題なし。余計な緊張感がない分、安心感すら感じた。再び左車線に戻る。車線変更も普通に出来る。方向指示器を除いて、変わった動きや操作は何も必要ない。
バスを追い越して数百メートル先で左折。さらにその先で店の前を通る大通りとの交差点に出た。ここでまた信号待ち。ちょっとだけ空ぶかしすると、車体がビクリと右側に傾いた。これがよくいわれる「縦置きクランクのクセ」というヤツらしい。だが思ったより大げさなものではない。暴走族みたいに思いっきりオンオフを繰り返したりすれば派手に揺れるとは思うが、このバイクにそんな操作は不要。そんな気にならない。前の車が速かろうが遅かろうが、合わせられる懐の深さがある。ポジションが楽なので、先を急ごうという気持ちにもならない。エンジンも車体も、人間を急かさない。
このあたりでやっとメーターパネル中央の大きなニュートラルランプに気がついた。そうだ、シフトペダルの踏み込み感がなくてもコイツでわかるじゃないか。これで最初に感じた1速に入れる時の不安も解消した。それにしても、新車に近い状態とはいえミッションの感触はまさにシルキータッチ。踏み込む時もかきあげる時も、まったく力を入れないで済む。しかも切り替わったときの音、振動、衝撃が皆無なのだ。これは頻繁に変速操作が必要になる市街地や峠道での疲労低減に大きく役立つはず。実際に力を使ってないとしても、シフト時のガシャンという衝撃音は耳障りに感じるものなのだ。
大通りから左折して店の駐車場に入る時、お約束通り、間違ってホーンを鳴らしてしまった。でもまぁ問題なく帰って来れた。どうやら僕はBMWに乗る資格があるようだ、と一安心。ちなみにEVOブレーキのモーター音は、モーターによる補助が必要ないほど強く握るか踏み込めば、何秒か後にモーターが止まるという節電機能があるそうだが、僕がこれから買おうとする旧型のRSには関係ない話。それにしても試乗して一番の印象は「まったく普通のバイク」ということだった。ある程度予想していたこととはいえ、正直なところここまでクセのないバイクだとは思わなかった。

早速、契約の話になった。月二万程度の12回払いで頭金いくらを見積もってもらう。ついでに両サイドのパニアを付けてくれ、というと、店長はエンブレムがどうの、キーがこうのとなにやらおかしな話をしてくる。どうも話が通じてないので詳しく説明を聞いてみたのだが、聞いてびっくり。パニア本体とキースイッチとエンブレムがそれぞれ別パーツのため、「パニア本体」と注文すると、エンブレムはともかくキーが付いて来ないそうである。つまり鍵をかけられないのである。転倒などによる破損時の補修費用を抑えるための価格設定らしいのだが、親切なんだか親切じゃないんだか。キーのオプションとしてワンキー化、すなわちメインスイッチのキーだけでパニアケースのロックも出来るようにすることが可能なのだが、さすがに今回これは見送った。
11万キロ走行のYZF君には勿論下取り価格が付かず、逆に処分料が1万円がかかるとのこと。これで僕の「下取り価格ゼロ円」の連続記録は3台に伸びた。まぁYZF君も車両本体価格85万円での11万キロ走破だから、1km当たり単価は7円72銭まで下がった計算になる。十分に減価償却したといえるだろう。
最終的な合計金額が100万円ポッキリ。うち25万をローンにして頭金を75万。これで合意した。

書類を一通り書き上げ、明日中に頭金を振り込む約束をして店を後にしたのは昼前だった。ここで一旦自宅に戻り、ローンの銀行口座を確認して連絡した。後は明日中に頭金を振り込み、住民票を郵送すれば手続きは全て完了する。早ければ4月中にも納車の運び。
ローンを組んだのはゴールデンウィークの軍資金を確保するためだ。これで期待通りに4月中の納車となれば、夢にまで見たロングツーリングでの「チェーンルブと荷物の雨対策からの解放」が現実のものとなる。行動範囲が大幅に拡大するのは間違いない。ガソリンはハイオク指定なのだが、それはYZF君も同じ。むしろポジションとエンジン特性のおかげで高速道路の利用頻度が減ると予想されるのがうれしい。いや、もしかするとその逆で、高速道路に入ったが最後、クルージングの快適さのために下りられなくなるかもしれない。

何はともあれ、これからも魔物に振り回されるバイクライフが続きそうである。

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