山また山の信州ツアー

2005/9/5
この記事は2005年7月10日のツーリングの模様を思い起こして書いてみたものです。

1.中央フリーウェイ

午前8時半を少々回った頃、トヨタ国南部にある比較的新しく出来た自動車専用道路に入った。ただいま開催中の万博会場へのアクセス道路だ。万博などに用はなく、目指すは信州伊那谷、さらに高遠から茅野に出て甲州街道を東京方面に進む。そこに本日の目的地「道の駅 信州蔦木宿」がある。
およそ30分で中央高速土岐JCTに出た。本線合流直前、前を走る車の挙動がおかしい。と思ったらそいつは急にスピードを緩め、止まろうとするではないか。冗談じゃない、もう合流車線に入っているのだ。クラクションを鳴らして脇を通り抜け、比較的車の多めな本線になんとか合流した。バックミラーでしばらく観察していると、そいつは少し先にある土岐ICから出て行った。どうやら名古屋方面と勘違いしたらしかった。
中津川を越え、恵那峡SAに差し掛かる頃。前方の車列の動きがおかしい。一斉に速度を落としながら左車線に移動してゆく。また何かあったのか...と思って視界が開けるのを待つと、追い越し車線の真中に黒い大きな塊が落ちていた。大型車のタイヤだ。バーストしている。そのすぐ先の路肩に観光バスが2台停車していた。後に止まっていたバスの右前輪のホイールが剥き出しになっていた。出発前に空気圧をチェックしてなかったのか? 客にとってはいい迷惑だろう。
SAを通り過ぎると本格的な峠越えが始まる。カモシカ号が最も苦手としている高速登坂、その先には全長8kmにも及ぶ恵那山トンネルが待つ。電光掲示板によると、トンネル先がどうやら雨らしい。御坂PAで雨合羽を着込む。
勾配が次第にきつくなる。登坂車線に入り、速い車を次々とやり過ごしながら遅い大型車を探すが、あいにく前方は空いていて、自分が先頭でトンネルに入らなければならなそうな状況。トンネル手前数百メートルで、ようやく遅いワゴンに追いついた。そのままノンビリと長い長いトンネルを抜けてゆく。
飯田まで一気の下り坂。その先は南アルプスの山腹を這うように北へと向かってゆく。伊那ICまでおよそ50km。速度をメーター読み85〜90km/Hに保って走り続ける。天気は不安定ながらも、本降りにならない。合羽を脱いだら降りそうな気がして休憩もできないまま伊那に到着してしまった。ICを出てしばらく行ったところで路肩に止まり、ようやく合羽を片付けた。

2.蔦木宿へ

伊那市街地に入り、国道361号線を探す。まずは国道に出て、途中にあるローメンの店で昼食を取ろう。そう考えながら駅をひとつ過ぎ、交差点を左折して踏み切りを渡ったところで有名店「万里」の本店が近いことを思い出した。あたりに駐車場はないが、道沿いの商店街はひっそり静まり返っている。これ幸いとアーケードの下にカモシカ号を潜らせ、車の流れが絶えたのを見計らってヨタヨタと道を渡って店に入りこんだ。
久しぶりのローメンはマトンを使った普通のタイプ。それを大盛で頂いた。特に旨いわけでもないが、どこか懐かしい味。昼時なのに、他に客は老人一人が酒をチビチビ飲んでいるだけだった。
昼食を終えて再び走り出す。途中のガソリンスタンドで給油、高遠はすぐそこ。ここから峠を越えて茅野に抜ける。道路状況は必ずしもよくないが、なにしろ空いているのでペースが上がる。カモシカ号のような、もてあますほどのパワーもなく車重も軽いバイクにとっては格好の舞台だ。すぐに峠を越え、途中2箇所の片側交互通行区間を過ぎたらそこはもう甲州街道の交差点だった。
はるか彼方の東京方面に向かってダラダラと進んでゆく。信州蔦木宿。2年前のスタンプラリーでもチェックポイントだったが、その時は行きも帰りも高速でサラリと流したので、実はどの辺りにあったのか、よく覚えていない。その角を曲がれば、あの坂を越えれば...ところが一向に見えてこない。案内標識ひとつ見えない。そのうちに甲州街道でも難所のひとつである信濃境の峠道まで来てしまった。もうしばらく行けば韮崎だ。これは困った。韮崎まで行ってしまうと帰り道が大変だ。しかし道の駅は見えない。
仕方がない、韮崎からはR52で清水へ、そこから不本意ながら東名で帰ろう。腹を括って、ここはコーナリングを楽しむ。そのほんの少し先に道の駅はあった。
道の駅 信州蔦木宿

3.金鶏金山

道の駅の駐車場に滑り込むと、BMWのバイクが1台止まっていた。ひと目でそれとわかるR100RS。名古屋ナンバーなので自分と同じくスタンプラリーなのだろうか。ヘルメットを脱ぎ、建物に向かって歩き出すと、RSのライダーと思しきオジサマがこちらに向かってきたので軽く会釈をしてすれ違った。
トイレを済ませ、売店を少し眺めて外に出ると、RSが今まさに走り出すところだった。R100系のエンジン音が聴きたくて、少し離れたところから眺めていた。アイドリングはドロドロとした低音を響かせていたが、いざ動き出すと非常に静かだ。見た目の加速感と排気音が同期しない。拍子抜けするほどの静けさでRSは韮崎方面へ去ってしまった。見ていなければ、今バイクが走り去ったということに気付きもしないだろう。
今度は自分がルート選定をする番だ。同じ道は通りたくない。かといって韮崎まで足を伸ばしたくもない。地図をしばらく眺めていると、茅野の手前から山越えをして高遠に出る道があるようだった。しかし全国版の地図なので今ひとつ精度がよくない。携帯の地図アプリを起動して付近を調べると、どうやら行けそうだった。これにてルート決定。RSに遅れること数分、こちらはもと来た道を引き返してゆく。
青柳というJRの駅の入り口が右手に見えたら反対側の山道に入ってゆく。ここからカモシカ号得意の峠道がはじまるはずだった。が、少し進むと行き止まり。引き返して道を探してまた行き止まり。そうこうするうちにやっと道を見つけた。と思ったら、道はやがて未舗装になった。まぁいいか。こういう道を走るために生まれてきたバイクだ。たまにはよかろう。
山肌を縫って進む、細い曲がりくねった道。いわゆる林道なのだが妙に対向車が多い。1台、また1台、今度は3台、また...。すれ違いのため道端にバイクを止めた自分に向かって、1台の車の運転手が声を掛けてきた。「まだまだ来るでぇ。気ィ付けな」。何かイベントがあるのだろうか? 尋ねてみたかったが後がつかえていたので礼だけ言ってやり過ごした。その後も数台の車とすれ違った。
やがて少し開けた場所に出た。何か看板が出ている。「信玄公ゆかりの地 金鶏金山付近略図」とある。どうやら戦国時代から江戸時代にかけての金山の跡らしい。先ほどの十数台の車の列は、もしかするとお宝さがしの人たちだったのかもしれない。徳川埋蔵金の噂はどこだっけ、などと、しばし休息の間に考えてみた。
怪しげな案内板 金山跡らしい まだまだ続くダート
道はさらに高度を上げ、山の稜線に出るかというところで舗装道路にぶつかった。道しるべがある。さて、目指す高遠は...まっすぐだ。まっすぐの道は...交差点を横切り、谷へと下る未舗装道だった。しかも来た道以上に荒れている。なんてこったい、またダートかよ。でも面白そうなので行ってみる。
トップケースに荷物を積んでいるので慎重に下ってゆく。先の見えない長い長い下り坂。4、5キロは下ったろうかと思われるところで勾配が緩やかになり、やがて舗装道路になった。家も人も車もない、細い静かな道をのんびりと下ってゆく。高遠まであとどれくらいだろうか。それよりどこに出るのだろうか。
ようやく人里に下りてきた。多分、国道152号線のどこかに当たるのだろう。地形からみてそう遠くないはずだ。ところがどこまでいっても国道が見当たらない。ガソリン残量は問題ないが、不安がよぎる。焦る必要もないのに焦りが出てくる。それを抑えながらの我慢の走り。
ふいに眼下に湖が見えた。ダム湖だ。こんなところにダムなんて記憶にない。いったいどこに出たんだ? ほどなく市街地に出た。交差点で止まり、左右を見回すと、左手に道の駅の案内標識があった。「道の駅 南アルプス村長谷」。ずいぶん昔に通りかかったことがある。だがダムなんてあっただろうか? とりあえず休憩のため立ち寄り、地図を取り出した。

4.分杭峠

現在地から国道152号線を南へ十数キロ進むと「分杭峠」に出る。峠に出る前に県道に入って駒ヶ根市、そこから中央道で一気に帰る。そうルート設定をして走り出した。お馴染みというほどではないが、これまで何度も足を運んだ道だ。
ダム湖をちらりと見やって市街地を後にする。このあたりは国道らしく、比較的整備された気持ちのいい道だ。それが峠に近づくにつれて怪しくなる。勾配がきつくなり、九十九折が続く。高度がどんどん上がってゆく。アクセルを開けるとバラッ、バララッと回転にムラが出る。5速、4速、しまいには3速までギアを落とさないと登らない。まさに青息吐息の有様。バルブ廻りからビリビリと高周波振動が発生し、それがハンドルに伝わってくる。エンジンはもう限界、悲鳴をあげている。
途中で先ほど決めたルートの県道が見えた。しかしもう峠越えの面白さにとりつかれていた。目指すは分杭峠。確か標高千メートル近くあったはずだ。せめて写真の1枚でも撮らなければ収まりがつかない。
やっとのことで峠に辿り着いた。案内板が目に入った。1,424m。道理でエンジンがバラつくはずだ。バイクを止めて歩いていると、初老のご夫婦に写真を撮ってくれと頼まれたのでシャッターを押してあげた。そういえば、峠の駐車場に何台かの車が止まっている。いや、結構広い駐車場があるではないか。だがあたりには観光名所になりそうなものは何もない。登山口になっているわけでもなさそうだった。
分杭峠(1) 分杭峠(2)
峠を下り、とりあえず飯田方面を目指す。素直に天竜川に出て橋を渡り、国道153号線を南下すればいいのだが、つい脇道を選んでしまう。この期に及んでまだ迷走するかね? 自分でもおかしかったが、ぐねぐねと曲がりくねった山道の面白さには抗し難い。
山を下って一休み 気が付けば泥まみれ
ずいぶん迷走して飯田市街についたのはもう午後4時を回った頃だった。ところが迷走はこれで終わりではなかった。

5.迷走の果てに

分杭峠にいた時は、「さっさと飯田に出て中央道で帰ろう」と思っていたのだが、山道を走り回ったせいで気分が乗ってしまい、このまま下道で帰ることにした。それも素直に国道153号線ではなく、交通量は少ないが大きく遠回りになる151号線だ。
飯田市街を外れたバス停で休憩する。自販機があるのでよく利用する場所だ。季節がら、缶の取り出し口付近には虫がたくさんとまっている。ふと草むらに目をやると、一匹のアマガエルがいた。夜になって明かりに集まる虫を狙っているのだろう。近寄っても逃げる気配がないので接写してみる。
アマガエル
夕暮れの空いた国道をひとりのんびり流していく。ループのあるきつい坂道を抜け、つかの間現れる平地を過ぎたら新野峠。ようやく愛知県に戻ってきた。つい2〜3年前まではこの峠の愛知県側はひどい悪路だったが、今は拡幅工事が進んでいて、一部を除いて大型車でも楽に通れるようになっている。気合が入っていればコーナーを攻めてもみようかと思うのだが、さすがに今はもう惰性で下るだけ。それでも数キロ先では少しだけ元気を取り戻して、コーナー出口でアクセルオン!なんてやってしまうのはバイク乗りの性。
このまま新城まで出て、国道301号線でトヨタ国直通というのが定番なのだが、もうすぐ国道473号線の交点に出るというところで「設楽」という標識を見て、またもや悪い虫が顔を覗かせた。この道、前々から気になっていたんだよなぁ...ガソリン残量十分、気合も回復。よっしゃ、行ってみるか。
まるで何かに取り憑かれているように、何もない山の中へと延びる怪しげな県道に進路をとった。まだ日は空にあるが、杉林の中の道はもう薄暗い。右へ左へをバイクを振り回すのにもさすがに飽きたところで見覚えのある丁字路に出た。ああ、この道かよ...
設楽町内まであと7〜8kmはあるはず。その間、自販機も店もない。家も1〜2軒あったかどうか。山肌を縫う狭く日の当たらない道は、直線部分がほとんどない。左カーブはブラインドになり、路面には濡れ落ち葉。まるで障害物スラロームといった趣きで、ある意味非常に単調だ。マゾヒスティックに車体を左右にくねらせながら、とにかく先へ進むしかない。
ようやく設楽町に出た。ほっと一息つく間もなく次の試練が待ち受ける。もはや通いなれたといっていい、足助町に抜ける県道33号線である。段戸山(だんとさん)の裾を抜けるこの道は、トヨタ国におけるバイクライフを語る上で欠かせない重要ルートである。かつてサンダーキャットで大転倒を喫し、生まれて初めて自走不能の窮地に陥った忘れられない道だ。
日はもう沈み、あと一時間もしないうちに夕闇が訪れるだろう。逢魔ヶ時という言葉を思い出す。暗くなるまでに「きららの里」まで辿り着かなければ厳しいな...かといって急ぐと足元をすくわれる。対向車もたまに現れる。気の抜ける道というのは元来存在しないが、この時間に通るこの道は、本当に気が休まらない。そんな微妙な緊張感がまたいい。
急カーブの連続する上り坂を過ぎ、峠を越えたらすぐに「きららの里」到着。大きなヘラ池の端でやっと一息ついた。もう午後7時。まだあたりを見渡せるほどの明るさは残っているが、かなり暗くなってきた。ふと空を見ると一面の曇り空。早く下りないと雨になりそうだった。
ヘラ池の前になにやら看板が立っていたので近づいてみた。標高917m。どうりで寒いわけだ。さすがにこの時間、池に釣り人の姿は見えない。いや、一人だけいた。頑張るなぁ。自分ももうひと頑張りしなければ。
標高917m...
すっかり暗くなった山道を、ひとり下ってゆく。時々、後方から来た車に道を譲りながら、ただもう安全第一を呪文のように唱えながら、ゆるゆると走っていく。
足助町内に出てしまえばあとはもう車の流れに身を任せて惰性で帰るだけ。国道153号線でトヨタ国中心部へ。さらに矢作川沿いの空いた道で市街地をバイパスしてトヨタ本社近くへ。ここまでくればもう帰ってきたも同然。あとはどこかで食料と酒を調達して...
道の駅のスタンプ1個を目指して出発した小旅行だったが、思わぬ迷走を生んでしまった。いや、今日は本当に充実していた。



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