さよなら、黒猫(3)

さようなら、黒猫。
ありがとう、黒猫。

最後のツーリング

先週の日曜日はいい天気になった。後でニュースを見て知ったのだが「5月中旬の陽気」だったそうだ。だから、というわけでもないが、僕はいつものように出かけていた。いつもと少しだけ違うのは、これが黒猫最後のツーリングということだけだった。

午前8時前。トヨタ国南部から中心部を通過し、国道153号線で足助方面へ向かう。花見の季節も終りなのか道行く車は少なく、県道で市街地を迂回するとあっという間に足助町を抜けていた。伊勢神峠のトンネルを抜け、稲武の町を抜けてハイペースで飯田方面へ向かう。この日、珍しく目的地を決めていた。伊那の「萬里」でローメンを頂く。もっともその後は未定で、日が暮れるまでどこか山の中を適当に彷徨っているつもりだった。
あまりのハイペースのため、飯田に着いた時点で9時半を少し回ったばかりだった。普通、食堂の開店時刻って、11時位だよなぁ。ここから伊那までは40km弱。一般道をノンビリ行っても10時半には着いてしまう。黒猫で「ノンビリ」とは「空いた道を70〜80km/hで流す」ことなので、どこか遠回りをして距離を稼ぐしかない。しかし出発直後から感じていた背中の痛みがそれを許さないまでに強くなっていた。

飯田市内を出て、飯島という所に差し掛かった。ここで「道の駅」っぽい施設を発見。地元の人が出している小さな休憩施設で、五平餅なんかのみやげ物も売られていた。見ると、その場で蕎麦も食わせてもらえるようなので、これからローメンを食べに行くというのに食券を買い、待つ間に休憩することにした。出てきた蕎麦は普通の手作り蕎麦だった。少しだけ元気が出てきた気がして、また走り始めた。

伊那の手前で国道153号線を離れて広域農道に回った。これくらいの遠回りと時間稼ぎなら、体にもあまり負担はかからない。遅い車を信号待ちでかわしながら、11時を少し回ったあたりで伊那市中心部に到着した。いつもの駐輪場にバイクを置き、歩いて数分の場所にある食堂「萬里」へ向かう。何となく寂れた雰囲気のある市街地を足早に抜け、店に入るとすでに10人ほどの客が入って料理が出てくるのを待っていた。来るたびに客の数が増えているような気がするなぁ、店にとってはいいことなんだろうけど。そんなことを思いながらひとりカウンター席に座り、ローメンの普通盛りという一番ありふれたメニューを注文した。ローメンの具にも色々バリエーションがあって、豚肉入り・牛肉入りがよく出ているような気がする。しかし僕はマトンを使った普通のローメンが一番口に合っていると思う。麺類一般の傾向として、大盛はよっぽど腹が減っている時以外はやめといた方が無難。
この日はいつものご主人の姿が見えず、別の方が調理されているようだった。「萬里グループ」は伊那周辺にいくつかの支店を展開しているそうなので、多分、どこかの支店の方だろう。そういえば、味付けがいつもより若干濃い目で、いつものように酢とソースを回したら、酢が少し効き過ぎた。これは味見をせずに無造作に調味料をかけた僕が悪い。ちょっと失敗。でも喰えないほど濃くしたわけじゃないんで問題なし。

食べ終わって再び「車上の人」となる。ここから国道361号線というのがあって、確か高山方面に抜けられるはず。冬季通行止めなのだが、もうそろそろ解除されていてもいい頃だ。と思って山道に向かったのだが、「4月18日まで通行止め」という無情な標識と通行止めの柵に阻まれた。また同じ道を帰るのもなんだなぁ、と思って今度は中央道に上がった。疲れたし、体調悪いからもう帰ろう。まだ昼過ぎなのに、そんな気分だった。
最初のうちこそメーター読み100km/h前後のペースで走っていたのだが、飯田に近づくにつれて怪しくなる。飯田インターを過ぎるともう完全に爆走モードで、160〜180km/hの非常識なペースで吹っ飛んでいた。それでも自分的には上体も伏せていないしバックミラーも常時見ている。コーナーも腰を数センチ内側にずらす程度の動きでクリアしてしまっている。やっぱ、制限速度が低すぎるんだよなぁ、高速道路二人乗り解禁なんてどうでもいい、アウトバーンみたいな速度無制限区間が欲しいよなぁ、と思うのは僕だけではあるまい。
峠を越えて岐阜県内に戻ると、さすがに疲れのせいでペースが上がらない。中津川、恵那、瑞浪、土岐、多治見とインターを通過し、内津峠を越えると名古屋はもうすぐそこ。疲れていても、峠にさしかかると爆走モードに突入してしまうこの僕の性格にこの猫のエンジン・足回りの組合せ。まるで餓鬼みたいな行動パターンだ。我ながら何とかならんのかと思う。小牧ジャンクションの手前数キロ地点、160km/hくらいで走っていた僕を追い抜いた大阪ナンバーのNSX君にバトルを仕掛ける。加速体勢に入った相手をいつものように強引に追い越し、上体ベタ伏せで6速全開! ところが数秒後にバックミラーを見ると、相手はついてくる気配ナシ。あれ? 来ないの? 馬鹿餓鬼は俺だけってか? ちょっと淋しかった。それで我にかえることが出来た。ありがとう、NSX。

名古屋インターから東名阪道に入り、均一料金区間の最後で一般道に下りた。そのまま南に向かうと国道23号線。ここで時間は午後2時半。名港水族館が近いので立ち寄ることにした。
もう昼過ぎだし、そろそろ人も少なくなる頃だろう。そんな予想は全く甘かった。とりあえず大水槽のイルカを10分ほど眺め、南館へ移動する。ところが次のイルカショーまであと1時間もあるということで、南館も人でいっぱい。それでもナポレオンフィッシュを20分ほど眺めていた。いつもならまた北館に回ってイルカを見るのだが、この日はもう疲れ果てていたので南館の出口からさっさと出てしまった。正味1時間弱。多分、滞在時間はこれまでで一番短かったと思う。
せっかく名古屋市内まで来ているのだから、BMWを注文した店に寄ってみよう。聞きたいこともあるし。そう思ったのはいいが、道順をまったく知らない。「東名高速」の4文字を探しながら片側3〜4車線の道を進む。確か東山公園の方向だったよなぁ、と思いながらも、その東山公園が名古屋港からどちらの方角にあるかも知らない。距離を重ねるにつれ不安感が募る。
やっと東山公園の入り口に到達したところで渋滞にはまってしまった。冷却ファンがぶんぶん回る。熱い。クラッチワークもいい加減になる。それでも「東名」「長久手」の標識を頼りに見知らぬ道を進むと、見覚えのあるインター出口の合流地点が見えた。ほっと一息。ここからはもうすぐだ。

バイク屋の駐車場に黒猫を停め、早速、「BMW BIKES」という雑誌のバックナンバーを漁り始めた。僕が注文したR1100RSは初期型で、そのままではトップケースが付かない。それでは、と注目したのがUS製らしいバッグで、パニアケースとシートカウルの上に「コ」の字型に載せるスマートなもの。店長といっしょに探してみたが、どうも日本国内で取り扱っているところはないようで、直接USに問い合わせるしかなさそう。そこで店長が出した代案は「GIVIのトップケースマウントをキャリア代わりに使っては?」というものだった。一応、R1100RSの初期型用もラインナップされている。ところが調べると、今度は「これを付けたらサイドケースが付かない」だって。意味ないじゃん!
どうしてもトップケースを付けたければ、現行型についているサブフレームを入れればいいらしい。しかしそのためにはシートカウルに穴を開ける+シート裏のリブを削る加工が必要。悪いことに前のオーナーがグラブバーに穴を開けてしまっていた。多分、無線のアンテナ用とのことで、うまくリブの部分を避けてはいるが不安は残る。これも交換するとして、工賃込み5万円程度になる。ただしその店では今までやったことがないので、ハッキリとはいえない云々。気に入ったからといって迂闊に古いバイクに手を出すとこんな目に遭うという、いい見本である。
話のついでに、丁度整備中でリフトに載っていた当のRSを見せてもらった。とても10年前とは思えない美しさを保ったままのシートカウルを見て、穴を開けるのがちょっとためらわれた。

今週末に納車という話をして店を出た。天気はいいし、まだ明るい時間だったので高速を使わないで帰ることにした。県道57号線から56号線へ。近道は他にもあるのだが、疲れていたので一番簡単な道のりでトヨタ国南部の自宅に戻った。本日の走行距離はおよそ250マイル、400キロ。高速半分、一般道半分。僕にしては一番ありふれたパターンだが、ちょっと距離が足りないかな。そんな感じの日帰りツーリングだった。
帰宅後、今度は一週間ぶりに赤猫を起動し、銭湯&買い物に出かけた。こうやって時間を空けずに乗り換えると、黒猫との8万5千キロもの走行距離差を改めて感じられる。猫って、こんなに静かで楽ちんなバイクだったっけ? ポジションが同じなので背中の痛みが消えることはないが、バイクに乗る行為そのものに苦痛を全く感じない。眼が疲れていなければ、今からナイトランを楽しんでもいいとさえ思う。クラッチの繋がり、変速時のショック、ブレーキの鳴き、給排気の音質・音量。このようなカタログスペックでは決して見ることが出来ない要因の、ほんの僅かな差分の蓄積こそが、長距離ツーリングの快適性の鍵を握っていると言えるのだ。

今週末にやってくる古臭いR1100RS。果たして期待通りに、これまで以上の行動半径を僕に与えてくれるのだろうか。それとも故障しまくって、「これじゃあ黒猫を直した方がマシだった...」と僕に言わせてしまうのだろうか。とにもかくにも黒猫最後のツーリングは何のドラマもなく平穏無事に終わり、期待と不安の入り混じった一週間が始まった。
せめて祈ろう、納車当日に雨が降らないことを。

【黒猫の頁・目次】 【←さよなら、黒猫(2)へ】