旅日記・2000年夏(3)

7月31日(月)

霧の大間崎から

朝、目が覚めてテントの外を眺めると、あたりは真っ白だった。霧に覆われた大間崎。外に出てみた。起き出しているのは自分一人。残りのテントの住人はまだ動き出す様子もない。昨日の経験から、太陽が顔を出してテントを乾かすまで待っていられないのは明らかだと思われたので、濡れたテントの撤収作業を開始した。
昨日、テントに入る前にバイクにカバーを掛けておいたおかげでシート・タンクは濡れずに済んでいる。びしょぬれのバイクカバーを畳み、荷物を装着しておもむろにエンジンをかけた。その途端、近くの水辺からウミネコがいっせいに飛び出した。
霧のテントサイト 昨日の朝と同じような濃霧の中を、昨日来た道を引き返して行く。今日は三陸海岸を行けるところまで南下してみるつもり。時折、霧の切れ間から朝の太陽が垣間見えるが、カーブの向こう側はまた霧に覆われている。かなり危険な状況。車がほとんど来ないのがありがたい。
その昨日来た道から別れて六ヶ所村へ向かう県道に入った。六ヶ所村というと、原子力関係のなんとかで話題になっているところじゃなかったっけ?などと考えながら走りつづける。霧はなかなか晴れない。いや、まったく晴れる気配がない。およそ1時間半ほど走ったところでドライブインっぽい建物を見つけ、休憩がてらにチェーンに給油した。大間崎からおよそ60マイル、百キロ弱。コーヒーを飲む数分の間、地元の人らしい車が数台行き過ぎた。そういえば今日は平日だった。普通の人はそろそろ起き出してお仕事に向かう時間なのだろう。

自由の女神?

Miss Veedol 午前8時前。ようやく霧が晴れたことに気がついた頃、三沢市という案内標識が見えた。三沢といえば、確か航空自衛隊の基地があるんじゃなかったっけ。そんなことを考えながら道端のパーキングエリアに入った。バイクを止めてトイレを済ませて、飛行機が描かれた大きな看板があることにふと気がついた。ミス・ビードル号といって、初の太平洋無着陸横断飛行に成功した飛行機だそうだ。その出発地点がここらしい、云々。
パーキングエリアでクラッチワイヤとスロットルの調整をして再び走り始めた。八戸市の手前で道が広くなった。片側2車線の快適な道路だ。このまま一気に、と思った目に飛び込んだのが「自由の女神像」という怪しげな文字だった。近くの運動公園に、自由の女神像があるらしい。それもなかなかに大きなものらしいように書かれてあったので、ついそちらに向かってしまった。

自由の女神? 県道から数キロ内陸部に入ったところにある閑散とした運動公園にバイクを乗り入れて、とりあえず一周してみたが見当たらない。どこだ?わたしゃそんなに閑人じゃないんだけどな。そのうち大きな池にたどり着いた。鴨が一羽だけ泳いでいるその向こうに、緑がかったそれはあった。何じゃコリャ?違和感爆発といった感じ。思わず表情に苦笑が表れるのを感じながら、写真だけ撮って早々に立ち去った。
 
 

八戸・蕪島

蕪島神社 八戸市内に入るとさすがに車が多い。東北の田舎町だと思っていたが、なかなかどうして大きな町だ。八戸といえば蕪島のウミネコ。これは外せない観光スポットだ。ごみごみした町中で案内標識を探しながら、のんびりとそこへ向かった。
ミャァ、ミャァ、ミャァ。フルフェイスのヘルメットの中でもやかましいほどのウミネコの鳴き声が飛び込んできた。海に突出した小高い岩山の上に立てられた、蕪島神社の真ん前にある駐車場にバイクを停めた。もうあたりかしこウミネコで覆い尽くされている。空はもちろん、民家の屋根、駐車場に停めてある車、ベンチ、金網のフェンス、鳥居、その他諸々の建造物にウミネコが止まっている。駐車場から金網伝いに海のほうへ歩いて行くと、岩山の地膚にも隙間がまるで見当たらないほどウミネコがいる。白黒のコントラストのはっきりとした成鳥と、まだ黒っぽい産毛に覆われた、大きさだけは成鳥とかわりばえしないひな鳥が、そこら中で鳴き声を交わし合っている。
ウミネコ・ウミネコ・ウミネコ・ウミネコ・ウミネコ... 駐車場内の売店でカメラのフィルムを買って、神社への階段を上り始めた。上っていくにしたがって鳥の数が増えていく。いったい何羽いるのか?そんな疑問を感じるのがばかばかしくなるほどの鳥の数だ。境内も見渡す限り、鳥がいないスペースを探すほうが難しい。鳥たちはまったく人を恐れていない。さすがにあの嘴なので手を触れるのは憚られるが、本当に目と鼻の先まで近づいても逃げようとしない。いや、まったく意に介していないようだ。
神社の一角に、傷ついた鳥の保護施設らしい部屋があるのに気がついた。ちょっと見たところでは鳥が収容されているのかどうかは見えなかったが、手作りっぽい鳥小屋に、町の人たちはこの鳥を手厚く保護しているのに違いないと思った。鳥山という言葉を思い出す。もちろん見たことはないが、漁師さん達はカモメやウミネコが作る山のような群れを目指して魚を追うのだそうだ。魚群探知機がある現代とはいえ、昔からのそんな鳥との付き合いは今でも続いているのだろうか。単なる観光資源としてだけではない、何か思いやりのようなものを感じた。だいたい、鳩や鹿のように「増えすぎて困っている」という話を聞いた覚えがない。それとも自分が東北の事情に疎いだけなのだろうか。

蕪島に程近いところに「八戸市水産科学館 マリエント」なる大きな建物があった。とりあえず立ち寄っては見たが、何のことはない資料館だった。なにやら映画をやってるというので、ガイドさんにいわれるままに映写室に入ったが、見せられたのはCGの「ハクション大魔王」だった。その後で水産関係の資料的な映画があるらしかったが、こんなのにいちいち付き合っているほど閑人じゃない。そそくさと途中退場した。

マリンローズ

名も知らぬ海岸線にて 灼熱の海岸線を南下して行く。暑い。連日の猛暑。日陰と自動販売機を見つけると、その度に休憩を取るありさま。ペースが上がらない。国道を飛ばしてみたり、少し外れて海沿いの細い裏道にはまってみたり。とりたててみるべき名所もなさそうなところだなぁ、と考えながら走っているうちに目に付いたのが、「マリンローズ」という魅惑的な文字だった。なんとか鉱山、とあったから、宝石か何かの名前だろうか。というわけで訪れたのが野田玉川鉱山だった。坑道の一部を、有料ではあるけれど見学用に開放していて、歩いて見ることができるようになっている。あんまり暑いのでバイクカバーを掛け、それでも坑道内部は涼しいだろうなと思って長袖のシャツを羽織って入場券を買い、中に足を踏み入れた。
野田玉川鉱山 思った以上に中は涼しかった。いや、先ほどの暑さと比べるとここは明らかに寒い。長袖を着てきたのは我ながらいい判断だった。先に進んでいくと、地底に川があったり滝があったり、鉱脈の切れ端みたいな場所があったり。また、この先は稼働中のため立ち入り禁止という旨の立て看板が鉱山のリアルさを演出する。掘削機や発電機などの普通は目にすることのない機械の現物があったり、人形を使って昔の作業風景を再現していたり。しかしお楽しみは最後の最後にあった。出口へと向かう緩やかな上り坂の途中に、世界各地から集めた珍しい鉱物・宝石の数々が並べられて展示されている。自分は別に宝石に特別な興味があるわけではないが、珍しいもの、しかもそれがきれいだとなれば思わず足も止まろうというものだ。
そうそう、肝心の「マリンローズ」というのは、マンガンを含んだ鉱物の一種で、酸化したマンガンがバラのような赤い色合いを演出するのだそうだ。ダイヤやルビーのような派手さではなく、渋好みな色合い。でも自分でお土産に買うのはちょっと...ねぇ。

釜石

あれこれ寄り道・回り道をしているうちに、太陽はいつのまにか西に傾いていた。そろそろねぐらを探さなければならない。地図を眺めると、釜石市が候補地に挙がった。とりあえず釜石に出て、買い物を済ませてからテントを張る場所を探そう。と思いつつ、あとトンネル一つ越えれば釜石市内というところに差し掛かったとき、異変は起こった。あと2〜3キロしかないという場所なのに、渋滞にはまってしまって身動きが取れない。気温はまだ下がらないし、路肩も狭い。水温計はすぐに100℃をオーバーし、冷却ファンがブンブンとうなり出す。
公園っぽい場所を見つけて渋滞している国道から裏道に逃れた。その道は海沿いに続いている。もしかすると、釜石市内まで続いているかもしれない。地図をよく見もしないでそう思ったのは疲れていたからだろう。道はじきに未舗装となり、進むに連れて荒れがひどくなる。もうUターンできない。足をついたら転倒が待つだけ。とにかく抜けるかUターンするスペースを見つけるまで、先に進むしかない。不用意にアクセルを開けるとリアタイヤがズルズルと滑り、ビビッてアクセルを戻すと荒れた路面にタイヤを取られてエンストしそうになる。汗だくになって、気持ちは半分やけくそになって進んでいた。

数キロは進んだろうか、ふいに森の中に少しだけ開けた場所にたどり着いた。何やら怪しげな案内板が立っている。どうやら野外研修施設っぽい計画があったらしいが、建設途中で放棄されてしまったらしい。道はまだ先に延びていたが、もうこれ以上の状況好転は望めそうになかった。公衆便所の残骸らしき建物で用を足し、苦労してやってきたダートを引き返し始めた。帰りは割合楽に進めた。行きの苦労で、ダートの走り方のコツをつかんだようだった。適当にリアを滑らせて向きを変える。フロントから滑りそうになったら強引に車体を起こしてアクセルを開けてエンジンパワーでなんとかする。
ようやく国道に戻ったが、まだ渋滞は続いていた。もう何をする気力も残っていなかったが、とりあえず酒と晩飯を確保しなければならない。ノロノロと坂道を登り、狭いトンネルを抜けるとすぐそこは釜石市内だった。あのダートでの格闘はいったい何だったの?というほどあっけなく市内に入った。一旦、港に出て先ほど回ろうとした岬を見やる。こちらから見る限り、道らしきものは何も見えなかった。多分、あのまま進んでいたら山の中で夜を迎える羽目になっていただろう。
市内に引き返し、商店街で酒屋を見つけてつまみとビールを買い込んだ。そうして先ほど越えてきたトンネルを引き返し、はまるきっかけになった裏道を少し進んだところにある小さな公園の駐車場でテントを張った。携帯で明日の天気予報でも聞こうとしたが、見事に圏外表示が出ていた。いくら人気のないところだとはいえ、国道からわずか数百メートルの場所だ。まったく、なんというところだ。いや、使えんなぁIDOといったほうが正しいのかも。

日没後しばらくしてどこからともなく何かの放送が始まった。市役所の連絡放送みたいだったが、聞き流していると「...で熊出没...」という一言が耳に入った。えっ、どこだ?どこで熊が?それを確認するまもなく放送は終わってしまった。耳に残った断片的な地名を頼りに、全国版の道路地図とにらめっこ。「何々寺」とか言ってたっけ。この辺りには寺みたいなものも、寺の付く地名もなさそうだから、どうやらここではないらしい。ひとまずほっとしたが、それにしても、なんてとこだろう。

 

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