ツーリングレポート・2000年夏(2)

7月30日(日)

仙台五里霧中

前の日の酒がまだ残っている。テントから外を見渡してもまだ暗い。時計を見ると午前3時を少し回ったところ。これは朝じゃない、まだ夜中じゃないか。それでも昨夜は寝つきが早かったのもあってよく眠れたような気がする。そんなことを考えながら外に出たら足がふらついた。なんだこりゃ、まだ酔ってるんじゃないか?それでも一旦目が覚めてしまったので、ゴソゴソとテントを片づけ始めた。
出発は3時40分。国道4号線に出ると霧がかかっていた。のんびり走っていると、大型トラックにどんどん抜かれる。のんびりとはいっても、そんなにゆっくりとしたペースではない。かといってこれ以上ペースアップすると霧があるので危ない。まぁいいや。今日は北の果てまで行くのだから。
仙台市内に近づくにつれ、霧はますます濃くなった。霧なんて生易しいものじゃない。霧雨だ。道路はべったりと濡れているし、ヘルメットのシールドについた水滴は大きな滴となって風に流されてゆく。
霧のカーテンはどこまでも続いてゆく。いったいどこまで続くというのか。白石からおよそ90キロ走った三本木の道の駅で休憩。まだ霧は晴れない。携帯で天気予報を聞くと、今日は晴れらしい。今の空を見る限り、そんな雰囲気はまったく感じられない。小用を足してコーヒーをひと缶空けて、また霧の中へ飛び込んで行く。
道の駅 石鳥谷(いしどりや) 古河...一ノ関...水沢...なんとなく見覚えのある地名を通り過ぎて行く。何年か前、丁度盆休みに当たっていたと思うが、日立から秋田県の田沢湖まで日帰り(というか0泊2日)で往復した時に、確か通ったはずの道だ。所々になんとなく覚えがあったりする。あぁ、ここにこの店があったっけ。このあたりから峠道になってたっけ。でも今は濃い霧の中。懐かしい景色は一瞬にして白い闇の中に消え去って行く。

ようやく太陽が顔を出したのは9時過ぎだった。石鳥谷(いしどりや)という読みにくい地名の道の駅で一休み。近くのコンビニで十六茶とムスビを3個の朝食を摂った。もう200キロ走っている。それでも今日の目的地まではあと200キロ以上もある。

北上川源泉の地

盛岡のずいぶん手前から国道4号線は片側2車線の広々とした道路になった。車が全然いない。信号も少ない。あっさりと盛岡市内を通過してしまった。これから未踏の地、青森を目指す。久しぶりに知らない土地を走ったような気がして、少し興奮していた。

山の中の空いた道。「北上川源泉地」という古ぼけた看板に引かれて国道から外れてみた。舗装道路の終わりにお寺があった。「北上山御堂観音堂」というらしい。バイクを止めてしばらくあたりをぶらついてみた。その「源泉」の中には、何やらあやしげな生き物が見えた。おたまじゃくし?いや、足がある。頭の付け根あたりに羽のようなものが見える。種類はわからなかったが、サンショウウオの幼生だろう。手にとって見たかったが、水に手を入れるとすばやく底の方に沈んでいってしまった。
北上山御堂観音堂 北上川源泉の地

灼熱の津軽路

太陽はどんどん高くなり、気温もぐんぐん上がって行く。ガラガラに空いた国道を快調に飛ばしているうちはいいのだが、一旦止まると黒いバイク・黒いバッグに赤外線が吸収されて、いざ走ろうとする時に焼けるように熱くなっている。
道路脇の電光温度計が34℃を指している。その少し向こうに見えた「道の駅 三戸」の駐車場に入り込んだ。何しろ強烈な太陽光で、バイクから降りてものの数分もしないうちに、シート・タンクは煮え付くような熱さになる。それで止める前に日陰を探すのだが、あいにく満車状態で、何かの陰になるようなところはすでに別の車に占領されていた。やむなく着ていたGジャンをシートに被せて建物の中に逃げ込んだ。午前10時半。ちょっと早い昼食に、道の駅ならたいていどこにでもありそうな蕎麦を注文。味は可もなし不可もなし、といっておこう。つまるところよく覚えてない。
出発前に地図を見ると、青森県内に入っていた。そういえば道路標識でそんなことを見た覚えがなかった。暑さでぼうっとしていたんだろうか。

時々、小さな市街地を通りぬけるほかは淡々とした山道が続いてゆく。なにしろ車が少ないので自在に走れるのが関東周辺と大きく違ってうれしいところだ。ついつい非常識なペースで走り続けてしまう。それにしても暑い。ちょっとペースを落としたり信号に引っかかったりすると、忘れていた暑さが回り中からどっと押し寄せてくる。
天間林村、という読み方のわからない地名で国道から外れて農地に入り込んだ。広大な何かの畑の真ん中に、ぽつりと一本だけ木が生えているのを見つけて、その木陰にバイクを止めた。正午過ぎ、太陽はほとんど頭上にある。あらためて空を見ると、雲一つない快晴だった。暑いけど見ていて気持ちがいい。バイクの横に残ったわずかな木陰のスペースにマットを敷いて昼寝としゃれこんだ。寝ているだけでも汗がにじんでくるが、少しばかりの風でその汗も引いてゆく。木漏れ日が眩しい。こういうのが自由ってもんなのかなぁ、などとガラにもないことを考えながらしばらく寝そべっていた。

大間崎へ

野辺地という町で国道4号線と別れて下北半島へ向かう。左手に海を見ながら一本道を飛ばして行く。目に映る景色すべてが新しい、そんな感覚。時々、道端の街路樹の木陰に隠れて休んだり、交差点を行き過ぎてUターンしたり。それでも確実に最果ての地へと近づいているのがわかる。

いつのまにか海が右手に変わった。さっきまで見えていたのが陸奥湾。今度は津軽海峡。日本海でもあり、太平洋でもある。視線の彼方に北海道が見えた。思わず立ち止まって眺めていたい衝動に駆られる。でもそれはまだ後でいい。日はまだ高い。
海岸沿の曲がりくねった上り下りの繰り返しの末、ついに「大間崎」の看板が見えた。やっと着いた。細い国道から更に細い道に入り込み、はやる心を押さえながらその地へ向かう。
大間崎 本州最北端の地 その場所はあっけなく目の前にあった。一目でそれと分かる土産物屋の群れとありがちな喫茶店風の建物。大きなマグロの形をしたモニュメント。これ以上北への道はない。どこをどう見てもない。
とりあえず、あたりを歩くために駐車場を探した。駐車場のすぐそばに、キャンプサイトなる空き地が広がっていて、先客さんが何人かテントを張っていた。自分も彼らと離れた場所に設営し、とりあえず寝場所だけは確保した。
最果ての地で写真を何枚か撮った後、銭湯なんかがないかと探しに出た。近くの町中では見つからなくて、ちょっと離れた場所に保養所風の施設を見つけた。「温泉」という単語が案内板に見えたので、よく確かめもしないでそこに向かった。岬からは数キロ離れた丘の上にそれはあった。何百円か払って大浴場の浴槽に身を横たえた。気持ちいい。疲れが取れるというのではなく、疲れが後から後から体の中から湧き出てくる。いつまでもこうしていたい。もう動きたくない。どこへもいきたくないし、帰りたくもない。
風呂の後、ビールを確保するために先ほど回った町中を再び回った。ところが酒屋っぽい店がなかなか見つからない。3回ほど同じ場所を回って、こりゃ今日は酒抜きだな、と思ったところにスーパー風の店があり、サッポロビールの広告紙が窓に張ってあったのを見て立ち寄ったらそこにあった。これで風呂と酒の両方を確保。
上のマグロの反対側から
テントに戻って酒を飲みながら地図を眺めていた。それにしても風が強い。設営のときには何度も飛ばされそうになっててこずったが、こうして中に入っていても、ビュウビュウという轟音が耳に飛び込んでくる。時折、テント全体が揺すられる。
日暮れ時になると、ウミネコの鳴き声があたりを埋め尽くした。近くの住宅の屋根という屋根にウミネコがいる。そういえば屋根もウミネコの糞で白っぽい。貴重な観光資源の一つなんだろうけれど、地元の人にとっては東京のカラスと似たり寄ったりじゃないのかな。そんなことを考えながら眠りに落ちていた。

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