<僕が大型二輪免許を取るに至った動機>
1998/12/28
僕が中型免許を取ったのは入社3年目の春。別段、何に乗りたいという強い欲求があったわけではなかったが、とりあえず暇が出来て金があるという理由だけで自動車学校に通った。免許取得の直後、RZ350RRの輸出仕様、しかも国内新規登録という代物を偶然見つけた。車両価格57万円、諸費用込み込みで70万円強。借金して買った。
その頃は一般道ばかりを走っていた。それも一日500キロとか700キロとかいう、無茶としか言えないくらいの長距離を。朝の4時とか5時とかいう時間に起き出して、薄暗い国道6号線をひたすら南下し、箱根・伊豆、または甲府方面へ足を伸ばしていた。ただバイクに乗っているだけで楽しかった。それだけの体力もあった。仕事に集中できなかったという別の要因があったことも否めないが…。
少し慣れてくると高速道路が主流になっていた。どこへいくにも常磐道。さらに西へは東名・中央道。その後少しして景気が悪くなり、再び一般道メインに戻った。どこへいくにも渋滞する。特に長距離走った後の渋滞は心身ともにこたえる。いらいらする。そんなわけで、違反と免停を繰り返した。

転勤で川崎に移り、走行距離がぐんと落ち込んだ。朝の7時にはもう首都高速も東名も渋滞している。帰りは夜中まで待たなければ渋滞が解消しない。仕事は火を噴き、夜遅くなることが当たり前の状況になってしまった。そんな中、RZの走行距離は10万キロを越え、エンジンを自分で整備したのはいいが、結局壊してしまった。金もない。仕方なく車検のない250ccへの乗り換えを検討し、その結果、ツーリングの途中で見つけた後方排気TZRを購入した。車両価格22万円の中古車。諸費用込みで32万円ちょっと。車両代+αを頭金として、残10万円を10回ローンで払った。正直言って、名前と格好とメーター読みの走行距離の少なさだけに引かれた衝動買いだったが、とりあえず車検のないことで気が楽になった。しかし状況はむしろ悪化した。
とんでもなくきついポジションのため、乗っているだけで苦痛を感じるようになった。一旦郊外に出れば途端に息を吹き返す。そのギャップはそれでまた楽しいのだが、郊外に出るまでに費やす人的なエネルギーが馬鹿にならない。当然、郊外から都心を経由して川崎に戻るまでの労力も大変なものだ。仕事の方は土曜日出勤が当たり前の状況に陥り、日曜日に出かけるとしても、次の日に疲れを残さないように気を遣わなければならない。渋滞を避けるには。あまり遅くならないためには…。そんな事を考えていると、どこへも行けなくなる。

唯一の趣味といっていいバイク。そのバイクに乗っていて楽しくない。これではいけない。もっと余裕のあるバイクが欲しい。もっと余裕があるバイクでなければならない。
ゆっくり走れるバイク。それでいて最高速が遅くてはいけない。最低でも今のTZRの線は欲しい。高速道路でのバイクの最高時速80キロとはいうものの、例えば120キロ分の80キロと、200キロ分の80キロでは余裕が全然違ってくる。だいいち真面目に80キロで走っているバイクなんていやしない。かえって危ないからだ。加速だってそれなりのものが欲しい。少なくとも、前に乗っていたRZ並みは欲しい。かといって大きすぎて扱えないものであってはいけない。そう思って今年の初めごろにバイク雑誌のカタログを眺めてみたが、中型というカテゴリーには自分が乗りたいバイクはもうなかった。世の中はネイキッドとアメリカン、そしてTWやSRの改造車が主流になっていて、大型のフルカウルを装着したレーサーレプリカやハイスピードツアラーは完全に過去の遺物と化していた。
それでも一応は、乗り換える候補を絞ってみた。夏の田舎道、虫の大群の中を走りぬけるのにカウルなしのバイクなど考えられない。高速道路上の突然の雨も然り。というわけで、ネイキッドは論外。アッパーカウルや、メーターバイザーだけ装着というのも同様。アメリカンとシングルは最初から眼中にない。2サイクルのレプリカは今のTZRで飽きた。V型の音が今一つ気に入らないこともある。速さは認めるんだが。4サイクルのレプリカもあることはあるが、どれも低めのハンドル、バックステップ、そして薄っぺらいシート。とてもロングツーリングに使える代物ではなさそうだ。おまけに値段も高い。わずかにスズキのRF400R、カワサキのZZR400が残ったが、これも気に食わない。RFはあのカウルサイドのフェラーリそのままの放熱ダクト形状が思い切り気に食わなかったし、ZZRは鈍重そうなイメージそのままの、400ccでありながら200キロに迫る車重!が気に食わない。ホンダ車はホンダ車というだけで論外だったし、ヤマハはもう既にFZRシリーズを打ち切っていた。FZRも最後はSP仕様しかラインナップされなかったし、それも全く売れなかったはずだ。

もう大型しかない。それもヨーロッパ向けの「スーパースポーツ」しかない。別に時速300キロ出せるマシンが欲しいわけではない。ゼロヨン10秒を切るようなマシンが欲しいわけでもない。でも強烈にそう思った。たまたまヤマハ車を乗り継いでいることもあって、パソコンを買ってから海外のヤマハホームページを探してみた。そこにあった。

YZF600R "Thundercat"

2年ほど前、1000ccの"Thunderace"とともに発売されたものの、日本国内では全く注目を集めなかったバイクだ。ヨーロッパでは未だにそれなりに高人気らしいが、僕も名前しか覚えていなかった。先日も、バイク関係雑誌のバックナンバーを集める本屋で探してみたが、当時のYZF1000が5頁くらいの特集を組まれている号でも、1頁もしくは半頁だけ、「一緒に置いてあったからついでに乗ってみました。まぁ悪くはないですね」的なインプレッションに終わっている。どうして日本人は「中間排気量」に目を向けないのだろう? 大きいことはいいことだ、という時代ではないはずだが。最近になってようやく600ccが注目を集めているが、それもR6が出てから、厳密に言うと、R6のキャッチコピーが「R1のインを差せる…」だからだ。あの風潮はバイク雑誌屋の責任だと思う。それで免許取りたての初心者がとんでもないバイクに乗っちゃって、だからバイク事故が減らないんだ。初心者や下手クソはSR辺りに乗ってドコドコ走ってりゃいいんだ。まぁそれはおいといて。
いろいろな雑誌やホームページを漁り、少しずつ情報を集めていくと、とんでもない素性が分かってきた。600ccでありながら、最高出力は100馬力。一昔前のリッターバイクか2サイクルの500cc並みだ。しかもラムエアインテークシステム装着で、高速域では105馬力をマークし、空力に優れる大型カウルとあいまって、最高速も時速250キロに迫るという。自分でタイヤとギア比と回転数から計算すると、最高出力を発揮する11500rpmで時速230キロ程度になる。つい先日、バイク屋でもらったパンフには、300キロまで刻まれたスピードメーターが写っていた。これは"Thunderace"のお下がりみたいで笑えたが、それでも計算上は、エンジンが壊れるのを覚悟でレッドゾーンいっぱいの15000rpmまで回せば時速305キロになる。
こういうのは数字のお遊びとして、いずれにせよとんでもない動力性能を持っている。それでいて、写真で見る限りはハンドル位置も高く、ステップ位置も前よりで、今乗っているTZRと比べるとずいぶん楽そうだ。むしろ、以前乗っていたRZに近い。シートだってレプリカみたいな薄っぺらい物ではない。このYZF600R、プロダクションレースにも使われているらしいが、鉄フレームやツアラー的なライディングポジションがあだになって、思うような活躍が出来てないらしい。そこでR1から始まる一連のRシリーズの登場と相成ったようだが。もっとも、ハンドル位置の高さはラムエアインテークを装着したがためにハンドルの持って行き場がなかっただけでは?という穿った見方が出来ないでもないが、どうでもいいこと。そういえば、R6もハンドル位置がトップブリッジ上なのにと思ったら、ヘッドパイプの位置そのものが異様に低いらしい。
気になるお値段は、車両本体が80〜90万円あたりらしい。自賠責は仕方がないとして、任意保険はもうちょっとあるから、しばらくは車両入れ替えで先延ばしが出来る。そうすると、諸費用込み込みで100万円すれすれか、ちょっとオーバーするか。今の自分にとって、決して不可能な数字ではない。

とにかく、自分はこういう中途半端なバイクが大好きだ。前のRZだって、元をただせば市販レーサーTZ350のレプリカだ。見た目は大柄で、立ちの強いフルカウル。またがってみてもアップライトなライディングポジションで、ずいぶんのんびりとしている。ところがその中身には350ccで55馬力を絞り出すエンジンがある。車重だって平均的な400ccと比べて20キロ以上は軽い。これで速くないわけがない。実際、最高速は200キロフルスケールのメーターを振り切り、加速だって牙を抜かれた最近の400ccなどまるで相手にならなかった。流していてもそれなりに走るし、キレたらとんでもないところまでいってしまう。あの感覚。あの両極端さがこいつにはある。そう思った。ただ、フレームと足回りが完全に時代遅れだったので、それはそれでスリルを味わえた別の要因だったことは否めないけれど。
今のTZRはキレたときは本当に楽しいが、普通に走るだけでは苦行にさえ思えるほど、元々がキレた方向に振られている。乗っているだけで肩が凝るライディングポジション。高速道路でさえ100キロ前後で流しているとカブってしまうことさえある高回転型エンジン。燃費はそこそこにいいだけに残念だ。スピードリミッターを解除されていることもあって、例えば東名高速の大井松田〜御殿場間を上下線ともメーターを振り切ったまま走りきることもできるだけの実力が、一般道では完全にあだになってしまっている。その結果、つまらないバイクになりかけている。はっきり言って、ガラガラの首都高速か山奥でしか、もう乗りまわす気になれない。ポジションのきつさにはさすがに音を上げ、少しばかり改造した。まずはミラーのステーがやたらに短いことに気が付き、購入後すぐに現行のV型TZRのミラーを中古で探して取り替えた。あのステーの短さは、もしかすると「飛ばしちゃ駄目よ。後ろに白バイがいても見えないよ」という無言の警告だったのだろうか?しかし元々の装着位置が悪く、大した改善になっていない。続いてハンドルを1年目くらいに交換したが、上に上げるとスイッチやブレーキのマスターシリンダー等がカウルに当たってしまい、これまた大した改善にならなかった。ネイキッド化は論外。だいたい、タンク下から黒く長いエアダクトがキャブレターまで伸びていて、カウルで隠さなければ格好悪くて見られたものじゃない。それにしてもひどいバイクだ。
ようするにこの僕は、外見はセダンかファミリーカーなんだけれども、中身にはF1かインディ500のレーサーのエンジンを積んでいるような、とんでもないバイクが好きなわけだ。まるっきりレーサーってのも嫌いじゃないけど、実用性に思いっきり難があるということにTZRは気付かせてくれた。それに、見た目まんまレーサーというのは、取り締まられる対象にされやすいもんね、やっぱり。実際、ゆっくり走ることが出来なかったし。

もうこうなったら買うしかない。R6の登場で、数年のうちに生産中止になるのは見えている。そして最後に立ちはだかった壁が大型免許だったが、今は教習所で取れる。金はそれなりに貯まった。あとは仕事の都合がつくのを待つだけだ。せめて2ヶ月、土・日休みの本来のパターンに戻りさえすれば…。
そして、それが、来た。
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